2025年度から保育士給与の公開がスタートします|保育園の経営情報の「見える化」を簡単に解説

投稿日:2024年4月26日

2025年度から、こども家庭庁は子ども子育て支援法に基づく施設給付を受ける全ての保育事業所に対して職員の給与実態の報告を義務づけます。各保育施設の経営を見える化し、職員の処遇改善や配置改善などを検証し、政策の検討に役立てることを目指すものです。

そこで今回のコラムでは、保育士給与の公開に向けて保育園経営者の方が理解しておきたいことをまとめました。

目次

保育士給与における処遇改善の流れ

今日まで、深刻な保育士不足を背景に、保育人材の確保を目的とした処遇改善が継続的に行われてきました。
地域による状況の違いはありますが、保育士不足はその後も続いており、2022年度10月の保育士の有効求人倍率は約2.49倍と、全職種平均の1.35倍と比べて依然高い水準で推移しています。また、保育士の平均月収は約26万円と、全産業平均の約31万円を下回っており、継続的な処遇改善が期待されています。

保育士の処遇改善の推移(こども家庭庁資料より抜粋)

現在、保育分野の処遇改善はⅠ・Ⅱ・Ⅲに分かれていますが、キャリアパス要件やキャリアアップ研修なども含めた各制度に対する事業所側の理解が十分でないことも多く、全ての事業所で制度が適切に運用されているとは言えません。そのため、現場の保育士が処遇改善の目的や内容を理解するところまで至っていないのが現状です。

国が保育士給与の公表を義務づけることで、公費の適正な配分が行われるよう各事業所に求めるとともに、現場の職員に対して賃金の根拠や適正なルールの明示を促し、運営の見える化を促進するねらいがあります。

保育園の経営情報の「見える化」とは

こども家庭庁は、子ども子育て支援制度における継続的な見える化に関する専門家会議報告書を公表しました。

参考)子ども・子育て支援制度における継続的な見える化に関する専門家会議報告書

保育士給与の公開は、それ単独での公表が目的ではなく、保育事業所における経営情報の見える化の一環として実施されます。

国の全世代型社会保障構築会議において2022年12月に取りまとめられた報告書によると、「今後、労働力がさらに減少していく中で、人材の確保・育成や働き方 改革、経営の見える化とあわせた処遇改善、医療・介護現場の生産性の向上、業務の効率化がますます重要になってくる。」として、社会保障制度を支える現場の人材不足への対応のため、 経営の見える化とあわせた処遇改善の重要性が指摘されています。

さらに、全世代型社会保障構築会議の下に置かれた公的価格評価検討委員会において、次のような基本的な考えも示されています。

「処遇改善を行うに当たっては、医療や介護、保育・幼児教育などの各分野において、国民の保険料や税金が効率的に使用され、一部の職種や事業者だけでなく、現場で働く人々に広く行き渡るようになっているかどうか、費用の使途の見える化を通じた透明性の向上が必要。しかしながら、見える化に関する取り組み状況は分野ごとに様々であり、継続的な見える化に向けて必要な取組を、各分野において順次進めていく必要がある。」

これを受けて、既に医療分野では2023年度から、介護分野では2024年度に報告が義務づけられています。運営費の大部分が公費であるという事業の性質上、保育分野においても経営情報の見える化は必要不可欠になっています。

ご存じのように、保育分野においては子ども・子育て支援情報システム「ここdeサーチ」が整備され、保護者が保育施設等を選択する際に役立つ情報をインターネット上で検索できる環境が構築されていましたが、今後は職員の処遇や人材配置に関する情報も「ここdeサーチ」を通じて収集・分析・公表される見込みです。

今後は事業所側の事務負担の観点や、情報を利用する側の解釈における誤解が生じるリスク、あるいは事業所側の権利や利益を毀損するリスクなどへの配慮など、さらに踏み込んだ検討がなされるようです。

参考)ここdeサーチ

経営情報の継続的な見える化は何のため?

子ども・子育て支援制度における継続的な見える化に関する専門家会議報告書で示された、継続的な見える化の目的は次の通りです。

主たる目的
幼児教育・保育に従事する保育士等の処遇改善や配置改善などの検証を踏まえた、公定価格の改善
その他の目的
幼稚園・保育所・認定こども園等での幼児教育・保育がおかれている現状・実態に対する国民の正確な理解の促進
人口減少の進展、保育人材の不足、デジタル化の進展、物価・光熱水費の上昇などの社会情勢や経営環境の変化が施設・事業者の経営に与える影響を踏まえた的確な支援策の検討
幼稚園・保育所・認定こども園等の経営情報の分析を踏まえた幼児教育・保育政策の企画立案

保育園で公表される経営情報とは

収集される経営情報の概要は次のような内容が検討されています。

  1. 施設事業者の基本情報
  2. 職員配置
  3. 収支の状況
  4. 人的資本に関する事項(職員配置・給与以外)

ここで注目したいのは④です。近年、人的資本の開示については社会的に要請が高まっており、企業社会では投資家が投資対象化を判断するポイントにもなっています。

人的資本とは|なぜ人的資本の情報開示が求められている?

人的資本というのは、法人が持っている「モノ」や「カネ」と同じように「人」を資本と考えることです。単なる頭数を指しているのではなく、人の持つ能力や知識などの無形財産が価値を生み出すという考え方です。この流れは世界的な潮流であり、日本でも2023年から有価証券報告書を発行する約4000社の大手企業を対象に義務化されています。

最終的にどのような情報の開示が求められるのか、具体的な内容はまだこれからですが、報告書によれば次のような内容が検討されているようです。

  • 離職率、離職理由
  • 法定・法定外休暇の利用状況
  • 職場環境にかかる認証取得状況
  • 職員の業務省力化のためのICT導入の取組状況
  • 研修制度の有無や職員の研修受講状況など人材育成に向けた取組状況
  • 子育て支援員の取得状況
  • 職員の満足度
  • ダイバーシティに向けた取組状況

また、継続的な見える化を通じて公表される情報の充実を図ることで、行政機関だけでなく、次のような幅広い関係者にとっても役立つことも期待されています。

保護者や子育て家庭にとって施設・事業者の比較・検証を可能にし、自身のニーズに適した子育て支援の選択を支援すること
保育士等の求職者にとって施設・事業者の比較・検証を可能にし、職場の選択やキャリアの検討を支援すること
施設・事業者にとって保育業界全体や同じようなカテゴリーの平均的な経営指標を参考とすることで、経営分析・改善等を促進すること
研究者による学術研究や政策提言、民間の支援団体等による第三者的見地に基づく幼児教育・保育に資する施策の企画・立案・検証を活性化すること

つまり継続的な見える化は、処遇改善を踏まえた公定価格の改善をはじめとする教育・保育政策の充実、利用者のマッチングの向上、学術研究や政策提言の活性化などを通じて教育・保育の質の向上を図るための手段であり、全ての子どもたちの幸せを実現することが最終的な目的なのです。

経営情報の見える化における保育士給与の公表

公表の方法で知っておきたいポイント

  • 個別の施設・事業所単位での公表
  • グルーピングによる集計・分析結果を公表
  • モデル化した給与額として公表

公表においては、情報利用者に誤解を与えないよう、分かりやすく情報を提示することが重要であるため、多種多様な施設・事業所の運営形態や類型、・地域区分、定員規模があることから、それらを一様に捉えて情報を収集・分析・公表しても、むしろ情報利用者側が情報を活用できず誤解が生じてしまう可能性があります。

また、報告書によれば経営情報には機密事項や、個人情報などが含まれる可能性もあることから、原則として個別の施設・事業者単位での公表ではなく、事業所の類型や地域、規模などの属性に応じて「グルーピング」して公表されることが望ましいとされています。

一方で、職員給与の実態等の情報公表は、働く人のキャリア選択の支援に繋がることから、個別の施設・事業所単位での公表が期待されます。この点については「モデル給与」というかたちで、実績ベースではなく経験や職種などを考慮したモデル(一般的)な給与として公表することになるようです。

さらに今後は、施設の属性等に応じたグルーピングにより全体的な姿として公表する方法に加えて、情報利用者のニーズの高い情報に限って個別の施設・事業者単位で公表する方法を併用することについて検討するとしています。

2025年からの保育士給与公開を見据えて考えるべきこと

2025年の保育士給与の公開に向けて、園としてどのようなことに取り組めばいいのでしょうか。

保育士給与が公表されることで、多少なりとも地域や施設間の差が浮き彫りになることが予想されます。公表された情報がマイナスに作用するのではと不安に感じる方もいらっしゃることでしょう。しかしながら、人が働く理由は様々です。もちろん給料が低過ぎては生活に支障が出ますし、将来が不安になってしまいます。その一方で人間はお金だけで動機づけられる生き物ではありません。

2025年に向けた取り組みとして

  • 処遇改善を含む明確な根拠に基づいた賃金体系の整備
  • 園の人事ビジョンに基づいたキャリアパス制度の確立
  • 働きやすさとやりがいの両面から給与以外の園の魅力も発信する


なぜ、他の園ではなく、私たちの園で働くのか。私たちの園にしかない魅力とはなんでしょうか。働きやすさ、やりがい、保育のこだわり、風通しの良い職場風土、スキルアップを支援する制度…様々な要素が考えられますね。

今後は給与以外の経営情報も積極的に見える化していくことにより、保護者だけでなく働く人にも園の魅力を知ってもらうことが必要です。

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