保育園におけるメンタルヘルスについて考える|保育士の心の健康を保つために管理者ができることは何か

投稿日:2024年1月12日

このコラムでは、職場における心の健康=メンタルヘルスについてお伝えします。

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園長に求められる職場のメンタルヘルスマネジメント

がんや脳卒中などと並び、5大疾病の1つに数えられている精神疾患。なかでもうつ病に罹患している人は世界で3.5億人いるとされ、WHOは2030年にうつ病が心疾患や交通事故を抑えて最も経済的損失をもたらす疾病になると発表しています。このような背景もあり、近年では働く人の心の健康を保つことが重要な経営課題のひとつとして社会全体で共有されつつあります。

日本では2015年からストレスチェック制度がスタートし、従業員50名以上の職場におけるストレスチェックが義務化されていますので、皆さまの保育園でも実施している職場が多いのではないでしょうか。巷では「健康経営」をマネジメントの中心に置く企業がメディアに取り上げられるなど、働く人の心と体のケアはマネジメントにおいて外せないテーマになりつつあります。

さて、保育の分野に目を向けると、2017年に厚生労働省が実施した調査で、保育所の半数以上でメンタルヘルスを巡るサポート体制が整っていないことが明らかとなりました。また、職員の約10人に1人が過去1年間に何らかの心の病気を経験しているというデータも公表されています。子どものためにも保育士のためにも心身ともに健康で保育を続けてもらいたい。保育関係者であれば誰もがそう思っていることでしょう。とはいえ、園長や主任も医者ではありませんから、職員の心の問題に対して診断や診療はできません。上司にできることは職員や職場の小さな変化に気を配ることです。

職場のメンタルヘルスマネジメントで重要なのは「未然防止」です。何か問題が起きてから対処すればいいのではなく、大きな問題になる前にできることは手を打っておくことが大切です。

働きやすい職場をつくるために|未然防止のためのストレスマネジメントのポイント

毎年耳にする話ですが、新人保育士が最初の1年で大きく成長したという話もあれば、メンタルが不調となり職場に来ることさえ難しくなったという例もあります。

人はメンタルの状態次第で持っている能力がプラスにもマイナスにも変化する存在です。落ち込んでいたり疲れていたりすると普段当たり前できていることさえままならないことは誰にでもあるはずです。これは新人に限らず誰にでも起こりえることです。

保育士がイキイキと動ける状態を維持することは保育の質の向上以前に重要なことで、管理者が果たすべき役割として外せないテーマです。

さて、メンタルが不調となる原因はなんでしょう。ほとんどの場合原因は1つではありませんが、何らかのストレスがきっかけとなるケースが多いようです。

そもそも、私たちが当たり前のように使っている「ストレス」とは一体どのようなものなのでしょう。
ストレスを抱えた状態とは、何らかの刺激(ストレス要因)によって歪みが起きた状態にあり、もう一方でその歪みを元に戻そうとする力(ストレス反応)が働き、それらの状態が続いていることです。

例えるなら、ボールを指で押したらへこみますが、それと同時にボールは元のかたちに戻ろうと反発する状態をイメージするとわかりやすいでしょう。

これは私たち人間が身を守るために備えている本能であり、誰もが持っている自然な反応です。

皆さんは「闘争逃走反応」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは人間を含む生き物が敵に襲われたり危険にさらされたときの生理学的反応のことで、危機に対して闘うか逃げるかを瞬時に判断して体の準備を整える反応を指します。

危機にさらされたとき体の中はいわゆる「ストレス反応」が起きている状態で、瞳孔が拡大し、鼓動は高まり、血圧が上がるなど、闘うか逃げるか動けるように体が自動的に準備をします。しかし自然界であればこの状態がいつまでも続くわけではなく、敵に襲われる危機が去ればストレス反応状態が解除されます。

ところが人間が狩猟生活をしていたような時代ならいざ知らず、現代社会では仕事上のストレスを中心にストレス要因から完全に逃れることができない場合が多くあり、結果として慢性的なストレス反応が持続する場合が出てきます。それが心の健康の問題につながることがあるのです。とはいえ、日常的にストレス要因が存在していて、それを完全に排除できないとしても、緩和することができればストレス反応は小さくなる場合があります。

例えば、初めて挑戦する役割や難度の高い仕事でストレスを抱えていても、周囲のサポートがあれば多少のことでは挫けずに頑張れます。支援や協力を受けやすい職場風土があればストレス反応は最少化できる場合もあるのです。その意味でも「孤立させない」ことはとても大切なことでしょう。

ストレスは職員一人ひとり感じ方が違う?|職場における様々なストレス要因

心理学者のアルバートエリスは、ABC理論において「ストレスは主観的な存在」だと説明しています。つまり同じことを経験してもストレスに感じるかどうかは人それぞれだということです。

例えば、職場で上司に叱られたとしましょう。

「叱られることは恥ずかしいこと」だと考える人と、「叱られることは期待されている証拠」と考える人ではストレス反応の度合いもだいぶ変わるであろうことは容易に想像できます。

要は、物事の捉え方次第でストレスに対する耐性も変わるということです。もちろん人それぞれ性格も価値観も生きてきた環境も違いますから、急に捉え方を変えろと言われても無理な話です。

しかし、普段の上司の関わり方や、口にする言葉、ポジティブな物事の捉え方などが、チーム全体の価値観や風土に影響を与えることはよく知られています。また、互いに承認し合う風土、職員間のコミュニケーションといった要素も職場全体のメンタルヘルスに影響を与えます。

ストレスを完全に排除することは難しいが上手に付き合うことはできる

誰にでも「こうすべき」「こうすべきではない」という信念やこだわりのようなものがあるはずです。仕事ができる人ほどそのこだわりは強いかも知れません。ただし、それが強すぎることで逆にストレスを感じてしまっては元も子もありません。こだわりを持つことが悪いのではなく、程度やこだわり方の問題です。

自分の価値観ややり方に合わないことが気になって口論になったり、相手に自分のやり方を強要したり、相手を遠ざけてしまったり。

信念を持つことは価値のあることですが、もしそれがストレス要因になるようなら、こだわりすぎない、押しつけないこともストレスと上手に付き合う1つの方法です。

このような個人の価値観やこだわりからくるストレスを低減するために次のような対策が考えられます。

職場としての考え方を明確にする
職員同士の相互理解を深める
・職員のコミュニケーションスキルを高める
・アンガーマネジメントを学ぶ

適度なストレスが働く人のパフォーマンスを高めることも

ヤーキーズドットソンの法則によれば、働く人が適切なパフォーマンスを発揮するためにはある程度のストレスが必要だと説明しています。

例えば、少し背伸びして難しい仕事に挑戦する。困難はあってもやり遂げたときには成長を実感できたし、仕事にやりがいを感じられた。そのような経験はありませんか。

人は経験を通じて成長する生き物です。新しい経験をすることで能力を獲得します。チャレンジングな仕事にはある種のストレスが伴います。困難な仕事は持っている能力を総動員しないと完遂できません。

一方で、当たり前にできてしまう簡単な仕事はストレスが少ないかも知れませんが発揮能力もそれほど必要ありません。反対に能力に合っていない無謀なチャレンジではストレスが大きすぎます。

ヤーキーズ・ドットソンの法則

ヤーキーズドットソンの法則によれば、仕事のパフォーマンスを高めるには適正なストレスに保つことが必要だとされています。

わかりやすく表現すると、仕事に「はり」のある状態を保つことです。ストレスが全くない状態だと仕事に「はり」が感じられずモチベーションに悪影響を与えることが考えられます。仕事が「楽」でストレスがない方がいいのかというと、逆にやりがいがないと感じてしまい、そのことがストレスに繋がることもあるということです。

職場のストレスを適正に保ち、職員のパフォーマンスを引き出すための施策として考えられることは以下の通りです。

前向きでチャレンジングな個人・チーム目標の設定
職員一人ひとりの能力に合わせた役割・業務付与
・「やりがい」と「働きやすさ」のバランスをとる

メンタルヘルスマネジメントの最適解は、不必要なストレスをできるだけ抑え、仕事の充実度を高めること

冒頭で述べたように、メンタルヘルスマネジメントにおける管理者の役割で最も重要なのは「未然防止」です。

保育園のメンタルヘルスマネジメントを考えるにあたり、管理者は「ストレスを減らす」ことを考えるだけではなく、保育士一人ひとりがどうしたらイキイキと保育できるか、「はり」を感じながら働き続けられるかという仕事のポジティブ面にも目を向けて具体的な施策を考えていくことが必要です。

職場のメンタルヘルスを良好に保つためのマネジメント施策としては次の通りです。

  1. 保育園の理念や目標・職場としての考え方の共有度を高める
  2. 職員一人ひとりの仕事の充実感を高める
  3. 不必要な(しかし排除できない)ストレスを適正レベルに抑える

園の一員として一体感を感じられる中で、自分の果たすべき役割を通じてチームに貢献でき、周囲からの承認や協力があれば、人は仕事に充実感を感じられます。

職員一人ひとりの心の健康を保つ上で、仕事上の不要なストレスを減らすことはもちろん大切ですが、職員が仕事に「はり」を感じられる環境を整えることも必要ではないでしょうか。

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