保育園の人事評価を運用するポイント|人事評価の基礎知識〜評価基準の要素と手法〜
投稿日:2022年10月5日
「保育園における3種類の評価」という記事の中から、「職員の人事評価」について取り上げます。人事評価は奥が深いので今回はまず、人事評価の評価基準や手法などの基礎知識について整理します。
保育園の職員の人事評価とは
保育園の職員の人事評価とは、職員一人ひとりが自分の行動や能力を評価し自己研鑽や能力向上に努めるためのものです。園としては人事考課の際に参考にすることもあります。
保育園では「できれば評価はしたくない」「職員に受け入れられない」という声をお聞きしますが、それは「査定」「格付け」というマイナスなイメージを持たれているからではないでしょうか。
どんな仕事も振り返らなければ改善や向上に繋がりません。つまり保育園の人事評価は、職員にとっては自分自身を成長させるため、園にとっては職員の成長を支援するために実施するものだと言えるでしょう。「承認」のための機会なのです。
人事評価を適切に運用することで以下のような効果を得ることが期待できます。
園の理念、保育方針の浸透
園がどのような保育を目指しているのか、園がどのような職員の育成を目指しているのかを人事評価の項目に入れることで、職員に園の理念に沿った行動を促すことができるようになります。「何を評価するのか」は園の重視する価値を示したものであり、園の価値観が見えるものだからです。園が目指す理想の姿に近づくには、職員一人ひとりが目指す職員像に近づくことが重要でしょう。
人材育成
保育園の人事評価の一番の目的は人材育成です。保育の質の向上には、保育士をはじめとする職員の資質向上が欠かせません。現場で保育の経験を積むだけでなく、研修などによる自己研鑽を重ね、どうスキルアップしたのかを確認するのが人事評価です。現状をしっかり評価できれば、職員一人ひとりがどうすれば活躍できるのか、今後どう成長するべきか、人材育成の手がかりとすることができます。
また、自園での成長の道筋となるキャリアパスと合わせて実施することで、園として成長してほしいと考える方向性と本人の努力の方向性を一致させながらスキルアップを支援することができます。園のキャリアパスに沿った人事評価であれば、その職員が成長段階の今どの地点にいるのかという現状把握、今後どんなスキルが必要で何を目指すべきなのかという成長目標、そのスキルを身につけるための学びの機会の提供などを一貫して実施することができるからです。
モチベーション向上
人事評価を上手に活用すれば、職員のモチベーション向上につながります。どんな人も成果や努力が認められると嬉しいものです。承認されることで自己肯定感も高まり、次もがんばろう、新しいことにも挑戦しようという力になります。頑張ったら頑張っただけ評価されると本人が感じられることが重要です。
また、その場だけの承認に留まらず、等級制度や賃金制度と組み合わせるなどして、等級や給与が上がったり新たに役職に任命されたりすることも組織への信頼感につながるでしょう。
人事評価基準の3要素
一般に、人事評価は「業績評価」「能力評価」「情意評価」という3つの要素を評価基準とします。人事評価の基礎知識として3つの要素について理解し、どんな評価基準を持って人事評価を実施していくのかを検討しましょう。
業績評価
業績評価とは、一定期間における組織への貢献度を評価する方法です。一般企業の営業職であれば売上や利益など、数値に表せるものが評価項目や目標となるでしょう。
保育園でいえば、仕事の結果を評価するということです。子どもたちの成長は成果が見えるわけではないため基準として設定することはできません。しかし業務改善やミス削減、子どもに関わる以外の業務遂行などは立派な成果といえます。保育士である前に、いち職員として組織に貢献したという成果を基準として設定できれば評価基準となり得るでしょう。特に、役職についている職員が、その役割・責任を果たしているかをチェックするのに向いています。
手法としては目標管理(MBO)で実施することが多いでしょう。最初に目標を立て、それをどれくらい達成できたかを振り返り、仕事の結果とします。
能力評価
能力評価とは、業務を遂行する上で必要とされる知識やスキルなどの能力で評価する方法です。スキル自体は目に見えませんから、必要なスキルを有しているかどうかは行動で測っていくことが望ましいでしょう。「やればできる」という保有能力ではなく「実際にやっている」という「発揮能力」を評価するということです。
求められる能力は、1年目の保育士と10年目の保育士では異なりますし、職種が違えば当然異なります。さらに、園によっても若干異なります。ベテランの多い園では新人にはゆっくり能力をつけて成長してもらえば良いですが、若手の多い園では新人のうちから多くの能力を身につけることが求められますし、保育の特色や園の規模が違えばそれに合わせて必要な能力に違いが出ます。
大切なのは「私たちの園の職員に必要な能力」を明確にし、それに合わせた評価項目や基準を作ることです。つまり、評価以前にその基準となる園のキャリアパスを作ることが必要です。
これは、保育園のみならず一般企業でも同じです。同じ業界・業種の会社でも、他社と同じキャリアパスを使っているというところはありません。それぞれがオリジナルのキャリアパスと評価制度を作って運用しています。
情意評価
情意評価とは、仕事に対する姿勢の評価です。業務に対して「積極的にチャレンジしたか」「チームワーク向上に貢献したか」「責任感を持って仕事をしたか」などを評価します。また、遅刻や無断欠勤がなかったかなどの日々の勤怠なども評価対象となります。
情意評価は、意欲のような目に見えないものを評価することになるため、評価者の主観に左右されやすいというデメリットがあります。例えば、若手職員が必ず定時に帰ったり有給休暇を使い切ることに対して、「やる気が感じられない」「協調性がない」という印象を持つ評価者と「仕事の効率が良い」「プライベートとのメリハリがついている」という印象を持つ評価者では全く異なる評価になるでしょう。
人事評価の手法
人事評価の手法にはさまざまなものがありますが、代表的なものを3つ紹介します。自園に合った評価方法を検討してみましょう。
目標管理(MBO)
チームや個人の目標を立ててその達成度によって評価するという、ピーター・ドラッカーが提唱したマネジメント哲学です。職員一人ひとりがその目標に向かって進み、最終的には園全体の目標を達成できるように目標を設定します。職員個人が設定する目標は、与えられたものではなく、職員自身が考えます。
自分で目標を立てるため、評価への納得感も高いのが特徴です。目標達成のための主体的な努力もしやすくなります。一方で適切な目標設定が難しいという特徴もあるため、目標設定面談などを行い一人ひとりが良い目標が設定ができるように指導する必要もあるでしょう。
360度評価
管理者などの上司だけでなく、その職員の周りのさまざまな立場の人から多面的に評価を行う手法です。保育園の人事評価は園長などの管理者が行うことが多いですが、360度評価では、園長だけでなく主任、同じクラスの同僚や後輩など、複数人が評価を行います。園長には見えていない、職員のさまざまな一面を知ることができ、本人にとっても受けた評価に対する納得感が高くなるという特徴があります。
一方で、評価の目的や基準が十分に共有されていないと思わぬデメリットにつながります。評価内容を巡って職場の雰囲気がギスギスしたり、忖度した評価結果や逆に厳しすぎる評価結果になって職員のモチベーションを下げることも考えられます。
コンピテンシー評価
園で業務遂行能力が高い職員の行動からコンピテンシー(高い成果を上げるための行動特性)を設定し、それを基準として評価を行う手法です。
コンピテンシーは、園の中で「仕事ができる」とされる職員の思考や行動の傾向を分析しモデル化することで設定し、それをもとに作った評価項目に対して職員一人ひとりが評価を行います。職員は、理想とされるモデルとのギャップが把握でき具体的にどのように行動すべきかがわかりやすいという特徴があります。
一方で、コンピテンシーを設定するまでに時間がかかるため導入のハードルが高かったり、一度設定したコンピテンシーが正しいかどうかは検証を重ねないとわからないためこまめな見直しが必要という特徴もあります。
余談ですが
1on1(ワンオンワン)
評価の方法ではありませんが、保育園で実施をおすすめする面談方法です。
1on1は、職員の成長を促すために1対1で行う育成面談のことです。日々の業務進捗だけでなく悩みなどについて対話し、職員とコミュニケーションをとる場です。保育園では、面談というと園長や主任からアドバイスをしたり何か相談のある職員だけと行ったり、次年度の進退の相談をすることが多かったですが、1on1では社員が自発的に発言できるように促すことが重要です。今の業務の進捗だけでなく、今後挑戦したいことやキャリアビジョン、悩んでいることなどを共有することで、職員に課題解決への気づきを与え成長をサポートしたり、信頼関係を構築したりできます。
人事評価を運用する際のポイント
人事評価は運用が7割です。具体的にはどのような点に注意したら良いのでしょうか。人事評価を運用するために気をつけておきたいポイントを見ていきましょう。
評価項目の数を欲張らない
これまで人事評価をやったことがないという園ならば余計、人事評価の実施は職員にとって負担に感じられます。評価項目が多すぎると、自己評価が作業になりかねませんし、どんな項目を意識しなければならないのかが記憶に残らないでしょう。評価項目を作る際にはどうしても具体的な項目を網羅したくなるものですが、あれもこれもと盛り込み過ぎてしまうと、結果、適切な人事評価をするという本来の目的が形骸化しかねません。
評価は継続することがまず大切なので、運用の手間がかからないよう評価項目を厳選するようにしましょう。
定期的に制度を見直す
園を取り巻く環境や職員の働き方など、園の運営に変化はつきものです。人事評価もそれに合わせて定期的に見直す必要があるでしょう。毎年変える必要はありませんが、年度ごとに実施した評価の方法やプロセスなど制度そのものを評価する機会は持ちたいものです。制度の大幅な見直しはなくても来年度は自己評価の時期を変えてみよう、園長以外の評価者を設定してみよう、など評価を使って人材育成をすると考えれば、改善ポイントが出てくるはずです。
共有化資料を作成する
人事評価を導入する際、新しい職員が入ってきた際などに園の人事評価を説明するための資料の作成をおすすめします。運用がうまくいかない一番の理由は職員の理解が得られていないことです。目的やプロセス、評価項目の意味などが被評価者である職員一人ひとりに共有されていれば、全職員が主体的に評価に取り組むことができます。評価を通して園は何を実現したいのか、評価がどう自分のためになるのか、その共通認識が図れれば、人事評価を自分ごととして捉えられるでしょう。それは評価の納得性を高めることにもつながります。
評価者を教育する
評価者の主観によって評価に差が出てしまうことはよくあります。評価者が園長一人という場合はそれほど問題にはなりませんが、主任や副主任、場合によってはクラスリーダーなどさまざまな人が評価者になる場合も、評価レベルは同じであることが望ましいのは言うまでもありません。「あの人の評価は厳しい、甘い」という人による違いが出ると、被評価者側の不公平感につながるでしょう。しかし、人が人を評価する以上は主観を完全に排除することはできません。人事評価では、主観が入ること自体が問題なのではなく、偏った主観にならないよう主観を磨いていくことが重要です。
そこで、評価者同士での評価の目線を合わせるための共通理解を図ること、わかりやすい評価基準を設けることが望まれます。まずは、園の評価制度さらにその元となるキャリアパスを同じように理解していることが重要です。評価者の誰も園の制度についてが職員に同じ説明ができる、といえばわかりやすいでしょうか。その上で、人事評価マニュアルともいうべき資料ができているとなお良いでしょう。今後も評価者が増えた時に簡単に共通理解を図るための準備です。
さらに、評価者のスキルアップのための研修なども実施しましょう。評価者には、適切な目標設定力や面談力が欠かせません。評価者自身が訓練を積むことで人事評価の効果は高くなり、運用もスムーズになることが期待されます。
人事評価で最も大切なのは信頼関係
保育園の人事評価は、そのやり方に正解も絶対もありません。どんなツールを使ってもどんな基準を設定しても、人が人を見る以上、「主観」を排除することはできないからです。保育という仕事の成果が、明確な数値で見えるわけではないのでなおさらでしょう。だからこそ、評価をする側の立場の人は「評価のための主観」を磨き続ける必要がありますし、評価を受ける側の立場の人は主体的に人事評価に参加する必要があります。
そのために最も大切なのは、信頼関係の構築でしょう。互いが互いを信頼し、評価者が「被評価者の成長のために的確なフィードバックをしよう」と思えて、被評価者が「評価者は自分の仕事ぶりをちゃんと見てくれている」と感じられる関係性があって初めて人事評価は効力を発揮するのです。評価のやり方だけにこだわらず、日々、職員との信頼関係を積み重ねていきましょう。