何を頑張れば給与が上がるのかが整理され、根拠を持って職員に示せるようになった【社会福祉法人宙福祉会 アストロ保育園グループ 園長代表・大場美佐子先生にインタビュー】
アストロ保育園グループは千葉市稲毛区の保育園として、「つながる保育、つなげる心」の保育理念もと、子どもたちが今を、そして未来を健やかに生きるために、ご家庭・地域・関連機関の皆様と連携を図ります。子どもたちの人格を尊重し最善の利益を考え、養護・教育の創意工夫を図ることで、一人ひとりが安心し安定した園生活を過ごし、心身共に健やかに育つ保育を実践します。
ネクサスは千葉県千葉市の社会福祉法人宙福祉会さんへ、キャリアパス設計・運用サポートのサービスをご提供しています。今回は、2023年度に実施したキャリアパス設計時のご感想と今後の運用に向けて課題や展望を伺いました。
【実施・導入実績】
● キャリアパス設計(2023年導入)
● 保育施設専用人材育成支援クラウドCAN-PATH
2024.8.19
キャリアパス導入前の課題
保育の世界では、目標の数値化や評価基準をはっきりさせるのは難しかった
―― キャリアパスを導入される前にはどのような課題を感じていましたか?
以前は目標設定制度というものを実施していました。年度目標とそれに対して上期はどこまでどうするか、というものを個人で設定していたのですが、保育の世界で目標を数値化することと、職員が立てた目標をどうやって評価するのかという評価の基準がはっきりしなくて難しかったんです。
例えば、1歳児クラスの担任が「子どもたちの健やかな成長」という年間目標を立てたとして、上期に実践するのは「手遊び3つとわらべうた1つを覚えて子どもに提供する」というようなものになり、それができたかできないかで評価をすることになります。でもそれが目標である「子どもたちの健やかな成長」にどう繋がっているのかって曖昧ですよね。目標を立てる側はどう設定するのか悩み、評価する側は果たしてその目標が正しいのか、どうやって評価するのか困ってしまう。要するに、評価する側もされる側も評価に慣れてないために、行き詰まってしまうんです。
目標設定について教える人がよくわかってないから、何とか形になっても、面談をする時に、「ちょっとこの目標設定からやり直そうか」となることもあって、自分で目標を立てるというのはとても難しいなと感じました。一番思っていたのは、評価する人と評価される人が目標に対して同じ価値感を持っていないと、不具合が生じるということでした。
さらに、処遇改善に関わるリーダーの位置づけがうまくできていなくて、ただ手当を配分するようなことになってしまっていました。その結果、ちゃんと”リーダーとして”働いてもらうことができておらず、要するにリーダーが育ってないんです。これは何とかしなくちゃいけないなと思っていた矢先にネクサスさんのキャリアパス設計に出会ったんです。
*CAN-PATHオンライン研修:ネクサスが提供するオンライン双方向型の集合研修
ネクサスとキャリアパスを作るきっかけ
―― 弊社を見つけてくださったのは大場先生だと伺いました。
そうですね、きっかけはFAXでキャリアパスに関するオンラインセミナーの案内が届いて「私が今ちょうど聞きたいことだ」と思って申し込んだのが最初ですね。評価をどうにか改善したいと思っていたけどどうしたらいいのかわからず、保育所保育指針や監査でも”評価評価”と言われていた頃だったのですごくタイムリーだったんです。
それまではただ、処遇改善加算の制度はこうで職員への配分はこのように、という話ばかりが先行していたのですが、セミナーを聞いてキャリアパスや評価は園と職員にとって必要で、やっぱり大切なことだと思いました。キャリアパスとは、という今さら聞けないことを聞かせてもらった印象があります。
―― そのようなきっかけから、弊社のキャリアパス設計を選んでいただいた理由を教えていただけますか?
保育施設に特化してる、ズバリそこです。それも、うちの法人の考え方に沿って作ることができるというところがとてもいいなと思いました。だから私から理事長に相談して、他社さんとも比較検討したのですが、うちの考え方に合っていそうなのはネクサスさんかなと。そのタイミングでたまたま東京の保育博の開催があって、そこにネクサスさんがいらっしゃると聞いて。それまでオンラインでお話ししてましたが、せっかくだし実際に会って話を聞いてみたいと理事長と一緒に保育博に行ったんですよね。そこでじっくり話ができて、理事長もいいんじゃないと言ってくれたのでスタートしましたね。今思うと、縁を感じるくらいすべてタイミングが良かったですね。
キャリアパス設計のプロセスと効果
私たちの目指す保育はこうだからこんな人になっていきたいよね、という共通理解ができた
―― キャリアパス設計の時のことを思い出していただきたいのですが、設計の打ち合わせには何人参加されたんですか?
私と理事長、姉妹園の園長と主任で7人で打ち合わせしました。
私以外のみんなも、評価は難しいと感じていたので、キャリアパスや評価についてわかりやすく教えていただいて良かったです。何より良かったのは、あの頃みんなで何度も集まって話し合い、考える時間を持てたことです。うちの目指す人物像やその段階のステージ、誰が誰を評価するとか評価項目などを、一緒に考えました。そのプロセスを私1人だけがやるのではなくて、みんなで取り組んだことで、キャリアパスや評価というものをだんだん理解できてきて、評価する側もされる側も目指しているのは同じ、という共通の基準が定まったのですごく良かったなと思います。
―― その打ち合わせの中で印象に残ったことはありますか?
等級制度を作るとき、どの段階でどんな能力を身につけて欲しいかを話し合ったんですが、みんなが入ったばかりの職員に多くのことを求めていてびっくりしました(笑)人によって考えが違うのもわかるし、スキルカードを選んで並べることで全体のバランスが見えるので、今まで若手にこんなに求めてたんだなというのが見える化されてわかりやすかったです。そして若手に求めすぎるとステージが上がっていくに連れて身につけるべきことが少なくなってしまうのでそういった偏りをどうするか話し合ったのが印象に残ってますね。
―― それまでは、集まってそのような話をする機会はありましたか?
全然なかったです。そういう意味でも良い機会になりました。それまで、同じ言葉を使って話していても、何かちょっと違うんだけどな…と思うこともあったんですけど、それを一つ一つ、私たちの目指す保育はこうだからこんな人になっていきたいよね、と確認しながら決めたことで共通理解ができて、その結果、採用する時にもこんな人がいい、こんな人がうちに合うということがはっきり言えるようになりました。そういうことがどんどん固まって見えていったことが取り組んで良かったなと思うことですね。
そういえば先日、養成校の先生とお話した時に、株式会社の保育園ではキャリアパスがあるところが多いけど、社会福祉法人で取り入れてるところはとても少ないから「しっかり作っていてすごいですね」と褒められました。最近の学生さんはキャリアパスがあることで先が見えるというか安心して働けると感じるようで、園内でもどちらかというというと若い職員の方がキャリアパスの理解が早かった気がします。
―― 確かに、キャリア教育を受けて育ってきた世代では、キャリアパスの有無は就職する園の検討材料になるそうですね。養成校の先生からも、園のキャリアパスを示されているとその園の価値観や就職後の見通しが持てるから学生に勧めやすいとお聞きしたことがあります。
人事評価の導入と課題
評価する側もされる側も”評価そのもの”に慣れるためにまず1年やってみる、それを踏まえてまたやり方を変えていけばいい
―― キャリアパス設計後、評価によって運用を始めたと思いますが、評価の導入はうまくいきましたか?
キャリアパスに沿った評価は昨年度の後期から始めました。まずはちょっとやってみようという試験的な半年間で、私が思ったのがやはり「マネジメントする側が評価に慣れていないと評価は難しい」ということでした。キャリアパス導入前と同じ課題に立ち戻ったんです。それは、私たちが評価シートを作成するときに、マネジメント層とミドル世代の職員に目標設定制度を取り入れたのが原因でした。ネクサスさんからは目標設定は難しく評価者に能力が必要と言われてはいたのですが、私たちは「その世代の職員なら目標設定もできるだろう」「個性も出るからこの評価シートにしよう」と決めたんですよね。でも実際やってみて、結局そこを評価しきれませんでした。
なので、今年度は項目を取り入れて評価シートを作成しました。あの評価項目がとてもわかりやすくて良かったですね。項目数は多いんですが自分を振り返るには必要な数だと思いますし、できている・できてないというのをゲーム感覚でつけられますし。そしてネクサスさんが、最初に決めたことが全てというわけではなく、やりながらどんどん良くしていけば良いという話もしてくれたので、今年度は多くの職員が項目評価の自己評価シートを使うことにしました。この方法を振り返るのは今年度末になるのでまだ結果はわからないですが、それを踏まえてまた評価方法を変えていけば良いと思っています。
―― なるほど、試験的に運用してみて改善点を発見できたんですね。では、現時点で課題だと思っていることはありますか?
評価者教育が必要ということでしょうか。その一つとしてまず、評価に慣れることが大切だと思っています。昨年の試験的な運用では、評価者が設計メンバーたちで、打ち合わせで一生懸命ステージや必要なスキルを決めたこともありキャリアパスに強い思いがあったので、評価者の思いが先走ってしまったように思います。項目評価は被評価者にとっても評価にとってもわかりやすいので、この評価方法にすることで”評価そのもの”にお互いが慣れるために1年やってみようということになりました。
―― 確かに、目標設定は保育施設では特に難しいですよね。数値化できない仕事が多いため抽象的になりがちな目標を、行動レベルにまで落とし込んでいくのが大変ですし、それが適切な目標かどうかを評価者の方が見て承認することが必要ですね。
目標と達成に向けた行動と達成基準がうまく設定できなくて、評価者が適切な目標なのか判断する目を養うのも難しいと思いました。その時ちょうど、CAN-PATHのオンライン研修*で評価者研修があって、内容を評価者の職員にも共有しました。そうやって同じように理解を深めることが必要ですよね。
研修以外でも、キャリアパスマニュアル*を使って職員に説明しています。ここに書いてあるのはこういうことなんだよ、と同じものを見て具体的に話すことでお互いの認識のズレを防げると思います。だからいろんな場面で研修資料やマニュアルの内容を活用しています。
―― そうですね。園内で共通理解を図るものがあるのは大切ですね。
*CAN-PATHオンライン研修:ネクサスが提供するオンライン双方向型の集合研修
*キャリアパスマニュアル:ネクサスが提供する園内におけるキャリアパス共有化ツール
人事評価と給与体系
昇格要件を明確にし、面談を通してステージ昇格のプロセスを進めている
―― 評価を給与と紐づけているそうですが、どのように行なっているのですか?
もともと評価と給与の紐付け自体は存在していましたが、うまく活用されていなかったんです。今回はそれを評価制度としっかりと紐付けたので、給与体系を含めた大きな見直しを行うことができました。
ステージが上がるために必要な昇格要件を明確にして、面談を通じてそのプロセスを進めています。今回一番良かったと思ったのは、昇格候補者たちが自発的にやる気を見せてくれたことです。対象となる職員に面談で、本人たちがやる気を持って目標を達成すれば給与も上がるという話をしたところ、「やりたい!」と言ってくれたんです。4人ほどいましたが、全員が前向きに挑戦しようとしてくれたのが印象的でした。
―― 職員のやる気を引き出すことができたんですね。
そうですね。私は皆の心に火をつけるような存在でありたいと思っているんです。普段は保育現場での面談では、あまりこうしたお金に関する話が出ることは少ないですが、今回は職員の成長に向けた話ができたのが良かったと思います。職員に明確な指標を示すことで、次世代のリーダーとして成長していける職員が現れてくれたのも大きな成果でした。
―― リーダー育成にもつながっているのですね。
そうですね。リーダーといえば「経験年数を重ねたからといってマネジメントに向いてる人と現場で活躍できる人は違う」という話をネクサスさんから聞いた時に、本当にその通りだなと思って。
だから役職は役割の一つであり、役職が変わってもステージは変わらないという仕組みはいいですよね。マネジメントは本人の気質的に向き不向きもありますし、それまでリーダーなんてできないと思っていた人が、何年か経ってから「リーダーに挑戦したい」という気持ちが出てくることもあるので、その時にただ経験年数が長い人が自動的に選ばれるのではなく、しっかりとした仕組みがあること・それを知ってもらうことは、本人が目標に向かって頑張ろうと思える環境づくりに繋がると思います。
職員に納得してもらうには、保育も評価も根拠が言えることが大切
―― 先ほど、給与体系が整理されたとおっしゃいましたが、内容を作り直したのですか?それとも、紐付け方を見直したのですか?
紐付け方の見直しですね。キャリアパスで定めたステージに職員を振り分けて、基本給や手当の配分を整理しました。すると、現在手当をもらっている人の整合性が取れなくなることもありました。このステージに上がらないとこの手当はつかないというものも出てきたんです。だから、本人と話して給与の見直しをしました。誰が見ても分かりやすく整理されているので、納得してもらえました。もちろん、何を頑張れば給与が上がるのかも説明しました。
―― 根拠が示せたから理解してもらえたんですね。
そうです。保育もそうですが、しっかり根拠が言えることが大切だといつも職員にも伝えています。キャリアパスができて職員に共有したことで、そのステージで求めることが明確になっているので一人ひとりが目標とするものも具体的に考えられると思います。今自分はどんな能力を伸ばすといいのか、キャリアパスにはこう書いてある、とわかるからです。そしてその基準をもとに、私はこれを頑張りたいとか、私はここが少し弱みだなとか、本人も理解できるようになったと思います。
あと、自分に厳しい人は自分への評価もそうですが他の職員への評価も厳しかったりするじゃないですか。それはその人の評価基準っていうのがあると思うんですが、園の評価基準はこうだよって言えるものが具体的になったのでこれからは同じところを見て話せるようになるんじゃないかなと期待しています。
アストログループの人材育成の考え方
風通しの良い職場をつくり、自分の保育について話し合えるような職員に育ってほしい
―― キャリアパスを設計して評価を始めたばかりですが、今後アストログループさんとしてどのような園になっていきたいと思っていますか?
私たちが目指しているのは、風通しの良い職場環境です。評価が上がれば給与も上がるような、実力に見合った待遇を今回整えることができたのもその一つだと思っています。また、リーダーシップを発揮したいという意欲のある人が積極的にリーダーの役割を担うような職場を作り、リーダー層の厚い保育園になっていきたいと考えています。そして職員が自分のやりたいことを考え叶えられるような園になれたらと思います。そのためにもいろんなことが話せる風通しの良さを実現したいですね。
―― アストログループさんで大場先生が考える人材育成、職員さんに対してどのように向き合っていきたいかという想いを教えていただけますか?
全員で一つの方向性や目標を共有することが大切だと考えています。だから職員一人ひとりが法人の理念をきちんと理解した上で、自分の保育に自信を持ち、保育について話し合えるような職員に育ってほしいと思っています。今は、副主任と若手職員が時間をとって話し合う場を設け、職員同士が理解し合えるようにしています。そのためには傾聴が大切だと私は伝えているんですが、それも風通しの良いというというところに繋がるかもしれませんね。自分の悩んでいることをちょっと話してもいいかなと思えたり、こんなこと言っちゃいけないかなと思わずに話せたりできることで、一人ひとりが無理しなくても輝けるような、そんな職員がたくさんいるような園にしたいと思っています。
さいごに
―― 最後に、全体的を通した感想を教えてください。
運用はまだまだこれからですが、うちの園ではなぜ評価をやる必要があるのかをマネジメント層で話し合い作り上げてきたことで、いろんなことが整理されました。その結果ずっと気になっていた給与体系も見直すことができて、中途採用する際の給与も経験だけで何となく決めるのではなく園の仕組みに当てはめて対応することができるようになりました。何とかしたいと思っていたことだったのでスッキリしました。
あとは、これまで私が園長代表として先頭に立って動くことが多かったのですが、今回は具体的な内容をみんなで決めることができたということが私は本当に良かったと思っています。これから評価を継続するのにも、評価者が自分ごととして考えてくれると思います。
全体を通して、私は本当に取り組んでよかったなと思っているのですが、以前の私と同じように課題を抱えて悩んでいる人がまだまだいるんじゃないかと思うんですよね。漠然とでも自園を何とかしなきゃいけないと思ってる、そんな人に広がっていけばいいなと思います。
―― インタビューは以上です。素敵なお話を聞かせていただきありがとうございました。風通しの良い職場づくりの役に立てるよう引き続きサポートさせていただきます!